17通目(ヤ)

「誠実」というあり方が人を不幸にする例を見る。

ある行動について、「動く方」と「受け取る方」が存在することを思う。誠実という現象は往々にして、「誠実に動いた人の意図を、受け取り手が誠実であると認識した場合にのみ成立する」。

片方が誠意を尽くしたとしても、その誠意を受け取る方が誠意と感じなければ、それは「お節介」かもしれない。相手の誠意を受け取ろうと構えていても、行動する側になんらかの皮肉や揶揄の意図があればそれは「誠意乞食」となり得る。

知性の無い所に誠実は存在しないのかもしれない。
日々の生活に余力が無ければ誠実は存在しないのかもしれない。

そんなことを考える。

「よかれと思って」という序詞から始まるセリフがいちいち嫌いである。
「伝わると思ったのに」という言い回しには無知しか感じない。
「待っていたのに」というフレーズがもたらすものは最終的には絞殺である。
「もっと優しい人だと思っていた」という言葉と対になるのは「知ったことか」であろう。

そういう原則に取り囲まれた状態でSNSを泳ぐ。「一言」が意図せず蒸発して、液体程度の流速を期待していたのに気体の速度でいやらしい隙間にどんどん拡散していく。思いやりと重い槍の区別がつかなくなる。刺し殺されないために相手の手を刺しに行ったところ自分の腕を刺されそうになって相手の胸を刺そうと考え直す。

言葉を書き連ねるうちにノートが黒くなり、右手の小指の付け根あたりが真っ黒に染まっていく。先に書いた文字を自分の手でにじませていく。

掃き溜めにいるのはゴキブリでありヤブ蚊である。

誠実という言葉ひとつがこれだけの韜晦を生む。誠の実が虚しく割れる。人の気持ちを慮るということは、おだやかに置いてあった花瓶をためつすがめつ眺めているうちに中の水をこぼす行為に等しい。

人類はなぜ「会話の方向」に進化したのか。行動の必要性を伝達しあうだけならジェスチャーで十分だったのではないか。

誠実とは何か。

人と自分とがそもそも違うのだということを確認しないまま一人で歩き続けた先にあるものが、誰かとディスコミュニケーションを繰り返しながら千鳥足でよろよろたどり着く場所とどう違うのか。

頭を抱えながらそれでもコミュニケーションを続けるということが、本当に誠実であるということなのか。


文通という殴り合いを通して私が考えてきたことは、そのようなことです。一つわかったこと、ボクサーってのはあれ、殴られる快感もおそらくあるんだなということ。

さよなら文通、次もまた殴り殴られながらカオとコブシの形を整えていきましょう。結局は、続けるということが誠実ということなのだ。(1084字)

2014/06/10
YandelJ
病理医ヤンデル

17通目(ま)

以前、ヤンデル先生の「病理医とは司令塔である」という主旨のツイートを見た際は「編集者に似てるかも」などとは思いもしなかったが、前回の手紙の最後の一行を読むと確かに少し似てるのかもしれませんね。ははは。

さて。先日、記憶の性質に関する記述を目にして驚いた。1930年代に心理学者が行った実験により、ヒトはさまざまな情報を「無意識のうちに自らの期待にもとづき、歪めて記憶する場合がある」ことが明らかになったというのである。しかも、その「歪んだ情報」のほうが本来の正しい情報よりも強く記憶されるらしい。

上の記述を読んで以来、覚えておきたい物事や会話はなるべくメモ帳に記録しているのだけれど、読み返すたび自分の記憶の不確実さに呆れるばかり。「忘れるからこそ生きていける」という説には同意するが、忘れるならいざ知らず、なぜ改変が起こるのだ。困る。記録に残すことの重要性を、この年齢になって実感している。

そんな折に届いた「1,000文字事変」の知らせである。これまでに届いた手紙は必ずしも1,000字以内ではなかった事実を鑑みるに「隔週火曜日に繰り広げられてきた1,000字の壁との激しい合戦の日々」は本当にあったのか、どうか。

ついでに言えば、私は「誰かのツイートに細かいツッコミをエアリプ」したことはない。したがって件の「先生の脳内に棲む鬼編集者」なる人物は、先生ご自身の「編集者=枷を与える職種」という先入観(あるいは期待)を縦糸に、2万人超のフォロワーの厳しいツッコミ成分を横糸に編みあげられた虚像である。彼の存在が先生の記憶改変をもたらしている可能性は否定できない。

とはいえ、編集者の仕事には「枷を与える」ことも含まれるのは仰せのとおり。枷の最たるものは "締切" だ。ネガティブなモチベーションを原動力としていただくのは心苦しいかぎりだが、その効果は絶大だ。「……ということは、自らに枷を課すことのできる執筆者は、編集者という存在をさほど必要としないのかも」と思い至る。と同時に、諸々の事務仕事に日々対峙している者としては、「それでもやっぱり、いたら何かと便利ですよ?」と言いたい思いも湧くのだけれど。

それにしても、前回の手紙のおかげで、本ブログの読者には「鬼」という強烈なイメージと「編集者」が紐づけられてしまった。まったくひどい風評被害だ。古来より「鬼と女は人目につかぬが良い」という。風評が落ち着くまで私は裏方にて執筆者を支える側にいようと思う次第だっちゃ。

なお、本企画でヤンデル先生が字数制限をオチに使ったのは前回で2度目であることをここに記録しておく。

2014/06/03
nishino
西野マドカ

16通目(ヤ)

ふと思ったのだが、君の手紙は1,000文字をちょっと超えているではないか。私は毎回、句読点や接続詞を工夫しながらぎりぎり1,000文字以内で収めようと四苦八苦していたのに。どういうことだ。本企画がはじまった時のメールを読み返してみると、「およそ1,000文字」的ニュアンスが書かれてはいるが「1,000文字を超えるべからず」とは一言も書かれていない。私が自分に課していた1,000文字厳守ノルマは、私の脳内に棲んでいる「いちいち細かいことにうるさくエアリプでdisってくる鬼編集者」の架空の説教によりもたらされた幻であった。

悔しい。

「編集者というものは他職種の人間になんらかの枷を与える仕事である」という私の先入観が、ありもしない精神抑圧的四面楚歌促進型被害妄想を生み出していたのである。隔週火曜日に「1,000文字の壁」と激しい合戦を繰り広げてきた私の日々も全て色あせてしまった。これも全て編集者のせいだ。 この際である。今日はこのまま「編集者のイメージは悪い」という話をする。もちろん、今回の事変(1,000文字事変と命名)で株価はストップ安、売り注文が止まらない。

私の知る限りでの話だが、編集者というものは、面倒な事務仕事(といいつつ世の中の大半の事務系職員と大して変わらない量の事務作業)を友人外非公開Facebookや匿名Twitterなどで若干スタイリッシュ気味に愚痴るのが日常となっている人種である。自分で創作できるだけの知見も智慧もありながら決して創作側には回らず、「私は書く人を支え育てる側に回りたいのです」と、聞いていて耳の下のリンパ節が腫れそうなくらいの美辞麗句を平気で発射する図書委員である。世事に対する審美眼を銃刀法抵触レベルで鋭利に研ぎ澄ませ、猛禽類の目とネコ科の脚力をもってして旬の話題を血に染める一方、草食動物の亡骸的コンテンツから「まだ使える!意外な使い方ができる資材」をはぎ取っていつしか装備してしまう食物連鎖を超えたモンスターハンターである。狩りの合間にはフォントとか紙質、万年筆など文系心を綿毛でくすぐるような小アイテムに熱烈なラブコールを送ることも忘れない計算型天然である。

つまるところイメージは最悪、諸悪の根源の風格すら漂う「編集者」と類似している職業などこの世にあるものか。「愚痴りながら事務仕事に励み、支える側と言いながら司令室で指示を出す軍師気取りのちょっと小うるさいマイルドインテリ系くされオタク」というと、確か病理医という仕事が少し似(1,000文字)

2014/05/27
YandelJ
病理医ヤンデル

16通目(ま)

接触した物事に対し「これは何に似ているだろう」と類似点を探そうとするクセが、私にはある。

初めて訪れた旅先の街並を「あの辺は京都、この辺は名古屋っぽい」と、見知った街並に照らしてしまう。アコースティックギターの演奏を聴けば「音階付きの打楽器って感じだなあ」などと思うし、コーヒーの香りを嗅ぎ「納豆に似てるかも?(※個人の感想です)」と謎の感想を抱いたりする。その街並みはそこにしかないものだし、ギターはギター、コーヒーはコーヒーだ。そのまま受け取ればよかろうに……と自分でツッコミを入れたくもなるが、何かの本に「"類似点" と "相違点" をバランスよく見ることが、対象が "ナニモノか" を知る上で重要だ」と書かれていたし、いつかこのクセが役立つ日も来よう。たぶん。

前々回届いた14通目に「客がソムリエに求めるものはそれぞれだが、患者が医師に求めるものは同じ」であり「ソムリエは個性を発揮することが求められるし技術すべてが言語化されている必要はない」一方「言語化されない医療はあり得ず、医師に個性の発揮は求められていない」とあった。

ここでも、私のクセは顔を出す。

なるほど相違点はわかった。
じゃあ類似点は……と探し始めてしまう。

「コンサルティング = 依頼者の課題を把握・分析し、解決方法を提案する仕事」と知ってから、職種は違えどその道の "プロ" の働き方は "コンサル的側面" が似ていると感じることが多い。この「聞き取った内容から、その人に合った対策法を考え、伝える」という "コンサル的側面" が、現時点で私に見える「ソムリエと医師の類似点」である……のだが。その特殊性が(ヤンデル先生により)語られることの多い "病理医" という医師は、この文脈に今ひとつ合致しない気がする。落ち着かない。悔しさすら覚える。

ツイッター上でヤンデル先生を見るにつけ、少しの苛立ちとともに類似点を探す日々は続く。


……ということで。手紙の書き直しってアリなのかしらと思いながら書き直してみましたけども。

しかし文通といいながら書き手2人は自称美女ではなくただの中年だし、便箋にしたためた手紙のやりとりなわけでなし、人には "リレーコラム" とか紹介してるし、手紙が添付されたメールには「原稿拝受」と返信するし。フツウの文通と違うことばかりで、ブログを読んだ人の「これ、文通?」って指摘も当然かもしれない、けど。

頭に浮かんだあれこれを文字で相手に伝えようとしてみたり、どんな返事がくるのか楽しみにしたり怯えてみたり、届いた返事に「ムムム」と唸ってみたり。このやりとりは何に似てるんだといえば、やっぱり文通なんだよな、と思う。今さらですが。

2014/05/20
nishino
西野マドカ

15通目(ヤ)

ふと思ったんだけども、文通ってのは、「お互いに相手の書いたものを読んで連想して、最後に相手に唐突な質問を投げつけて終わる」みたいな感じなのね。今更だけど実感したわ。

けっこうな昔、雑誌に「文通相手募集覧」があった頃。今よりも個人情報の保護が圧倒的にゆるい時代で、みんながみんな「当方大学生、純文学とビリー・ジョエルが好きです」なんて簡単なプロフィールを、実名・実住所を添えて投稿しちゃうわけよ。あぶないよねえ。すると、雑誌の読者から実際に手紙が来ちゃうんですよ。「はじめまして。お花とネコと河川敷が好きな19歳、短大生です。興味がありましたので一筆差し上げます。もし私でよろしければ文通しませんか?」なんてね。私でよろしければってこの文章であなたの何がわかるってんだよ、っていうツッコミはヤボなわけ。かわいい女の子を想像できれば十分なんですよ。お互いにね。

今なら考えられない。でもこういう時代があった。IT時代のスピードと悪意に飲み込まれてしまって絶滅した文化です。LINE IDさらしとけばチャットできちゃう時代にあえて文通ってのは、なんとも昭和心をくすぐるなあと思ったことがある。

ところで文通ってのは、「話したい相手がいるから話しかける」とか「自分の心の奥底から湧き出てくる何かを手紙にしたためて送る」っていうよりも、「とにかく文通というちょっとドキドキする趣味に没頭してみたい」っていう意欲の方が先に立ってしまうタイプの趣味かもね。どうしたって見ず知らずの女性……性別だって本当はあてにならないんだけど、とにかくその謎の女性(仮)とのやりとりを「継続させる」方にばかり集中していく。そのためには、多少唐突だろうとも文章の最後に質問とか問題提起をおいておく。すると、とりあえず返事をもらえる。返事にも「お返し」とばかりに近況を尋ねる質問とかが入ってるわけ。それでやりとりを続けていく。内容が多少飛んでいてもかまわないの。ま、文通ってそういうもんだよね。

だからいいんだけどさ。
長い前フリでフォローしたけどもだ。

何、この前回のやつ。コンサルティングの話も唐突だけどなんでこっから総合診療に飛んでいきなり病理にたどりつくんだ。無理矢理結びつけすぎだろう。編集者として原稿依頼したいなら文通形式じゃなくていいじゃないの。

文通は自称美女同士が夢もってやるもんだろうに、気合いが足りないわ。しっかりしろ。もっかい書き直せ。

2014/05/13
YandelJ
病理医ヤンデル

15通目(ま)

スーツ→ワインという流れからは夜景や猥談に話題を向けるのが定石という説をご披露いただいたということは、夜の社交場方面に舵を切れというサインかもしれないが、その可能性には気づかなかったことにして "ソムリエ" から連想した "コンサルティング" を題材に話を進めてみる。

なぜこの連想に至ったかは、次の用語解説を提示すればおわかりいただけるだろうか。

「コンサルティングとは専門知識を活用するなどし、客観的に現状業務を観察して現象を認識、問題点を指摘し、原因を分析し、対策案を示して企業の発展を助ける業務を行うこと」(Wikipedia「コンサルティング」より)。

企業と人材を結びつける "人材コンサルティング" という業種がある。これを生業とする人は、企業とその業界が人材に求める専門スキルを的確に把握しなくてはならない。と同時に、「この仕事に就きたい」と言っている眼前の人物の適性・能力を見極めねばならない。その際に測るのは専門スキルだけではなく、"はたらくこと" に必要となる総合的なスキルである。これらは社会全体の時流に影響されがちなため、人材コンサルティング業の人間は、自身が関わる業界の "スペシャリスト" に関する知識だけでなく、"ビジネスマン" に広く求められるスキルについても情報収集を重ねているらしい。

総合的、といえば。さまざまな疾患に対応可能な "ジェネラル" な診療能力をもつ医師の育成を目的とした臨床研修制度が導入されてから、今年で10年。目的達成率の検証はしかるべき機関が行っているのであろうが、少なくともジェネラルな診療能力をもつ医師を指す "総合診療医" という呼称は世間に浸透するまでになった。

総合診療医が所属する "総合診療科" という診療科は、さまざまな経緯から施設ごとに診療内容は大きく異なるそうだが、とある施設の総合診療科は現状 "あらゆる疾患" を対象とし、それらの "診断" に特化していると聞いた。

あらゆる疾患を対象にしていて、それらを診断することに特化した医師。

……おや。

総合診療医は患者の問診と身体所見、病理医は患者の臓器。それぞれ対峙する相手は違うけれど、対象とする領域の広さと、診断を求められるという点において両者は結構似ているような……というかコインの裏表みたいだなという考えがふと浮かんだのですが、どうでしょう? そうでもないですかね。

追伸:今後「ぽよ〜」の利用禁止。

2014/05/06
nishino
西野マドカ

14通目(ヤ)

スーツそしてワインと話が進んだのでさらに夜景や猥談へと話を広げるべきかもしれないが、ワインの話を続ける。

ソムリエが、このワインを飲むべきだという“絶対の1本”を心に置いている場合、これを患者……ではなかった客に「選ばせる」ために必要なスキルとは何か。言語化できるものではないらしい。

私であれば、ソムリエの敷いたレールに乗ってその“1本”にぜひたどり着かせてもらいたい。ソムリエにまかせず自分で自由に1本を決めたい人もいるだろうが、私の場合はどう考えても自分よりソムリエの方がワインに詳しいし愛着もある。小さい思いを軽く伝えてみた上で、せっかくならプロのソムリエの書いた台本に則ってみたい。ソムリエが言語化したワインや料理のうんちく、さらには言語化していない勘や経験まで、まるっと信じた上で自分が演者になればよい。自分より何倍も勉強しているプロの経験ごと飲み干すワインの味だ。付け焼き刃の知恵で選んだワインよりうまいに決まっている。全てが言語化されている必要はない。理屈で説明できないところが残っていた方がおもしろい。

以上は私の個人的な振る舞い方であるし、人によってソムリエに求めるものは千差万別であろう。もちろんそれでいい。

これに対し。

医療は、患者の経験や付け焼き刃の知恵で選んだ治療法よりも、患者より何倍も勉強しているプロの経験を反映した治療の方がいいし、「そこには理論がある」。言語化されていない理由で治療選択をするとか、患者に「自由に」治療を選ばせるなど言語道断である。

患者に選ばせるのは「もうこの選択肢ならあとはどれ選んでもたいして変わらないよ」か、「この選択肢だとどれを選んでもメリットとデメリットがあるけどあとは好みだよ」という段階での話。患者が選択を求められる前に、メリットが少ない選択肢やデメリットが多い選択肢については、言語化された医学理論があらかじめ切り落としてしまっているのである。切り落としの過程を含めて、一貫した医学理論を患者に丁寧に説明することこそが肝要だ。

患者が医者に求めているのは医師が個性を発揮することではない。疾病によって失われた自らの個性を取り戻すことだ。言語化されていない医療なんぞクソである。医療はアートだとうそぶく人間ほど、自らの医療理論を言語化できずに狭い経験で診断や治療を行っている……。

と、私の友人が言ってました。ぼくはそんなこと言わないぽよ~

2014/04/29
YandelJ
病理医ヤンデル

14通目(ま)

オーダーできるスーツは百貨店などでも紳士服売り場に限定されており、基本的に男性向けに展開されている企画である。そういえば私もスーツを誂えたことがない。女性向けにも展開されていれば1着くらいお願いしてみたいと思ったこともあるが、基本的にワイシャツで着回す(らしい)男性と違って、各パーツにあれこれバリエーションをもたせねばならない/もたせたい女性としては、オーダースーツ1着分の金額で10アイテムは揃えたいという声のほうが多そうである。今後もスーツを仕立てる機会は訪れそうにない。

未経験のサービスなので想像だが、スーツをオーダーする際には顧客は自身の希望を伝える必要があろうし、店員も顧客がどのような商品を求めているのかを詳細に聞き取ることが求められよう。

このような「顧客に対するヒアリング」をいかに抜け漏れなく行うかが肝要だ、それこそが同業他者に差をつけるスキルである、というようなことをよく聞くようになったのはここ10年くらいだろうか。こうなると「ウチにはこれしかないんでね」では、他人様の財布の紐を緩めるのは難しくなってくる。だからサービス提供側は、顧客の希望どおりの商品を提供することに心血を注ぐ……のかといえば、必ずしもそうでもなさそうで。やはり「ほぼ無限に存在する型の中から似合うであろうセミオーダーデザインを2つか3つ顧客に提示して客に選ばせている」のが実際のところのようだ。

さらに。その "2つか3つ" から、サービス提供側が考える "任意の1つ" を、顧客には「自分の意志で選んだ」と思わせつつ選択させるというスキルがあるらしい。

ソムリエをやっている友人は「客の希望に応えられるのはこの3本だけど絶対この1本だ」というワインが必ずあると言っていた。懇意にしているデザイナーは「気合いの入ったプレゼンの時は "保守案"、"王道案"、"冒険案" の3案を用意するけど、ぜひ採用してほしい1案がある」と言う。その1案を選ばせるような一定の "レール" に顧客を乗せながら、彼らに「自分の希望どおりの内容になった」と思わせ、満足させているらしいのだ。何度かそのスキルについて尋ねているのだが、どうも言語化は難しいらしい。今のところわかっているのは「場数ふめばいいってもんでもない」というくらい。治療選択肢を提示する医師の間では、そんなスキルの話題は出たりするのだろうか。

ということで。前回のお手紙の「正直に言えば」の続き、お待ちしています。

あぁ、そういえば。前回のお手紙が届いた際に「おもしろいけど先生の言いたいこと伝わりにくくないですか」とメールしたら、「いっぱしの編集者ヅラしたメールが西野から届いた」とツイッター上で晒されましたけど。あのメールも一種のヒアリングですので、あしからず。

2014/04/22
nishino
西野マドカ

13通目(ヤ)

販売業に籍を置く人間にとって、顧客一人一人に顔を向けて個人が求める最高の商品を完全オーダーメードで提供する、というのは、事実上ほとんど無理だと思う。客が百人いれば百通りの「好み」があるのだ。店の規模が大きくなれば客の数も莫大になるし、どうしたって客一人一人の顔は見えなくなるし、一般的に売れ筋と言われるものを用意せざるを得ない。

では、販売の規模が小さい個人商店レベルであればどうか。顧客と友人のような関係を築き、顧客の現在の生活スタイルや将来的に望む理想の暮らしまでじっくりと聞き取って、完全オーダーでスーツや革製品などを作る職人というのがいるそうだが、そういうのは超高級ブランド化していて庶民には手が届かない。日本に生まれた普通の男性(つまり私)にとって、「完全オーダー」というのは地位も金もコネも運も無ければたどり着けない高嶺の花である。

客ごとにデザインを変えるというのは手間がかかる。そこで、時代のニーズを読み取って、ある程度の「型(かた)」を用意しておいて、せいぜい腰回りとか背中の大きさ、肩の角度などを変更する程度で提供する「セミオーダーメードのスーツ」というのがある。客はその場で肩幅や股下など、何カ所かの採寸をしてもらえばいい。完全オーダーに比べれば値段はかなり安く、手軽な割に満足度も高い。

私が高校を卒業したときに親父が買ってくれたのが5万円程度のセミオーダースーツであった。現在の私がよく着ている、ズボンが2本ついて12,000円くらいの安スーツと比べるとその差は歴然である。仕事で講演を頼まれはじめた頃は「いい額の講演料が入ったら、スーツを(セミ)オーダーするのだ!」といきり立ったものである。あれから幾星霜、なぜか講演料は目先の飲み代に消えるばかりでスーツは増えない。

話は変わるが私は医療者であると同時に患者でもあるので、「販売側」である医療者ができることがある程度わかるし、「顧客側」である患者が望んでいることも人並みにはわかっている。最近の病院が、「ほぼ無限に存在する型の中から似合うであろうセミオーダーデザインを2つか3つ顧客に提示して患者に選ばせている」のを知っているし、患者が「そういうのわかんねぇから、完全オーダーでビシッと決めてくんねぇかな!」と思うのもよくわかっているつもりであるが、正直に言えば(文字数が足りなくなったので試合の途中ですが中継を終わらせていただきます)。

2014/04/15
YandelJ
病理医ヤンデル

13通目(ま)

「病院いくたび思うんだけどさ、最近て、医者は決めてくれないよね」

正月休みに、数年ぶりに高校時代の友人らに会った。30代半ばという年齢を迎え、自身の妊娠・出産を含めた体調変化や、両親や子供の体調管理にまつわる病院通いの機会が増えたよねえ、いよいよそういうオトシゴロなんだねえ、という話をしていた。そのなかで出てきたのが、冒頭の発言である。

友人が言うには「10年くらい前は病院に行くと先生が "どーん" と構えてて、"まぁまぁ任せなさい" って全部決めてくれたけど、最近は選択肢を出されて "どれにしますか" って言われる」のが「けっこう、困る」のだそうだ。病気のプロフェッショナルである医師を前にした素人たる患者の心境としてはまな板の鯉であって、「先生のお考えどおりにどうぞよろしく!」と思っているところに「あなたはこのまま料理されてもいいし、池に戻ってもいい」といわれると「わ、わたしはなぜここにいるのかしら……」というくらい困惑するのだ、とのこと。そういえば高校生の頃、やたら選択肢が出てくるゲームは苦手だと言っていたっけ。

誰かに物事を決めてもらうことによる負荷軽減作用の大きさは、個人的に理解はできる。身近な例に置き換えてみれば、前任者がいる仕事を急に任された際、その仕事に関して「誰かが決めた方針」を深く考えずそのまま受け入れ、自分のルーチンワークへの影響が最小限となるようコントロールして作業の質と量を確保する……なんてことを、意識もせずに行うことも多い。

自分や自分の家族が病を得るという状況を、日常生活に突如発生した負荷と考えれば、負荷への対処法を「専門家に一任する」ことで自分の生活・日常を守りたいという気持ちは、わかる。

でもきっと、それでは通用しない時代を迎えつつあるのだろう。"権威的" な態度で患者に向き合う者を批判的にみる風潮は、昨今では世間一般のみならず医療従事者の間にも強まっているようにみえる。「患者に優しい医療を」という世間からの要望は一見叶いつつある。

であれば、医療従事者たちが目指す "理想像" の変化にあわせて、患者もまた変わる必要があるのではないだろうか。"患者スキル" の向上を目的とした、たとえば「よりよい治療を受けたい患者のためのコミュニケーション講座(仮)」が開催される日もそう遠くない……のかもしれない。それが医療全体をどんな方向に持っていくのかは、見当もつかないけれど、それでも、自分の身体の責任を誰か/何かに丸投げするよりは、ちょっとは "マシ" な気がするのである。

最後に、冒頭の発言に対し私がどう返したかという点については「空気を読んだ」とだけ申し上げておく。

2014/04/08
nishino
西野マドカ

12通目(ヤ)

あらゆる疾病は、例えば「体内でとあるタンパク質が生成できなくなり、タンパク質の相互関係が破綻する」というように、科学的に解釈することが可能なはずである。疾病はとことん科学的に突き詰められるべきであるし、科学によって駆逐を図るべきである。生化学、生理学、病理学、薬理学など様々な学問が疾病を十重二十重に取り囲み、分子生物学的アプローチや医療統計学的アプローチも駆使して、医学界全体がヒイヒイ言いながら、疾病という凶悪な「物の怪」に対して有効な「銀の弾」を必死で探し出す。弾の素材をどうするか!どれくらいの数を、どれくらいの距離から、どの場所に打ち込むのか!疾病と闘うというのはそういうことだ。

医療者が患者の疾病と闘っている一方で。

患者もまた、疾病と闘うことになる。ただし、患者の闘う相手は疾病の「症状」だけではない。

ひとたび疾病に罹った患者は、その軽重にかかわらず、社会的に停滞し、家族間、職場、学校などでの人間関係が変わり、日常生活の修正を余儀なくされる。過去の言動に対する後悔や、将来に対する不透明感が現れる。何より、自らの生命に対する自信が失われる。

患者は、「不安」になる。 患者は、症状と共に不安とも闘う。

であれば我々医療者は、患者の不安に対しても闘おう。外来や病棟で複数回にわたり適切な説明を行い、患者が各スタッフとコミュニケーションすることは有効だ。「知らないこと」は不安の大きな種である。患者がこれから疾病と闘う上で必要となるであろう知識を教育・啓蒙しよう。今の自分の状態を適切に理解してもらおう。医療者が疾病と闘う際のタネを明かそう。疾病のシステムと治療の仕組みを分子生物学的に解説し、医療統計学を解きほぐしてデータの解釈方法を説明し、銀の弾はどう見出されたか、それをどのように打ち込むか、丁寧に話し合い、お互いに納得しよう。

不安は必ず、まぎれるであろう。
困難な道のりを、医療者だけで踏破するのはどだい無理なのである。
患者と協力関係を築くのだ。

ある日、患者はこう言うだろう。

「私の体の細胞に頻繁に起こるDNA修復エラーがたまたま集積して、年間どこかに必ず何人か発症するこの癌に偶然かかってしまったわけね。そして、私はこの抗がん剤を使えば5年間生きる確率が40%、使わなければ20%。すっかり理解したわ、ありがとう!」

理想的な「説明と同意」とは、これなのか。

私はしばしば不安になる。

2014/04/01
YandelJ
病理医ヤンデル

12通目(ま)

数年前の、ちょうど今頃。全身麻酔下で外科的手術を受けるために1週間ほど入院をした。

事前に主治医から受けた手術の内容とそのリスクに関する説明は丁寧かつ明快で、私に安心感を与えてくれた。これが話に聞く "インフォームドコンセント" か、貴重な体験ができた、という余裕すら覚えた。

入院から手術までの2日間は、主治医を含む医師複数名が、かわるがわる病室を訪れ、自己紹介とともに自身が手術で果たす役割を説明してくれた。麻酔科医、薬剤師がそれぞれにやってきて、私の病歴/薬歴を聴取したのち、心配事はないか尋ね、安心して手術に臨むようにと言ってくれた。看護師の方々は私の状態について定期的にデータを取り、不安に思うことがあれば何なりと言うよう伝えてくれた。

入院したら手術日まで暇だろう、そしたら院内を見て回ろうか、それとも少しは仕事をしようか……という私の見込みは大きく外れた。しかし、これだけの人数の専門家たちが私を「生かそう」と働いてくれているのだから、安心して身を任せようと思えた。

そう思えたはずなのに。

手術当日、"ゼロとはいえないリスク" を目の前にして私の膝は震えた。手術室の前まで同行してくれた家族に向け平気な顔を作り「じゃ、またあとで」と伝えた私の声は、いつもどおりに聞こえてくれただろうか。

手術室では10人前後がキビキビと働いていた(術中に診断が行われたので、その場にいたスタッフのほか、病理部門にもお世話になったのだろう)。口にマスクをあてられ、次に目が覚めたのは約2時間後。主治医に「大丈夫ですかー?」と起こされた。麻酔明けの朦朧とした意識の中、なぜか私は "サムズアップ" で応えてしまい、大笑いされながら「こりゃ大丈夫だ!採ったモノ、見ます?」と言われ、ついさっきまで私の一部だった塊を、指でつまませてもらった。手術室をあとにし、移動用ベッドから病室のベッドへの移動は5人掛かりで行われた(私は成人女子として平均的な体格であることを申し添えておく)。

この時の入院で、ヒト1人を「生かそう」とするには実に多くの人間の努力が必要であることを体感した。と同時に、"リスク" として示された数字に対する私の心が、あんなにも短時間で揺れ動くことに驚いた。ここ数年、「統計学を義務教育で行うべき」というツイートをよく目にする。その都度、手術室に一歩近づくごとに重みを増していく "リスクとしての数字" に困惑した自分を思い出す。学生時代にもう少し真面目に統計学に取り組んでいたなら、主治医の説明を受けたときの余裕を胸に、専門家らが与えてくれた安心感のまま、手術室に向かえただろうか。

手術の数日後、春爛漫を絵に描いたような陽気のなか、退院を迎えた。家路へと向かうタクシーから見えた満開の桜並木は、生命を謳歌するかのように美しく咲き誇っていた。

2014/03/25
nishino
西野マドカ

11通目(ヤ)

関係が途絶えると死ぬ。連絡が途絶えると死ぬ。ある臓器のある一領域だけを観察していてもそうであるし、人間を1体まるごと観察してもそうである。血管に血栓が詰まり、その先に栄養や酸素が行き渡らなければその部分は死ぬ。腸内細菌を強めの抗生物質で叩くと細菌叢を失った腸粘膜は弱っていくらかの細胞が死ぬ。チミジル酸シンターゼを阻害すればチミンが作れなくなった腫瘍細胞はいずれ死ぬ。その臓器、環境、細胞の内外にある関係を断つと死ぬ。

死を待っていた私の祖母は死の半年ほど前から徐々に周囲との関係性が希薄になった。家族・親戚は皆彼女を愛しており頻繁に彼女を見舞ったし、私も週に何度か病室へ足を運んだが、祖母は社会的な死へ向かってゆっくり着実に歩んだ。山の麓に寂しく建っていたその病院には、社会との関係性をゆるやかに断ち切られつつある老人達が力ないしわぶきを繰り返す音だけが響いていた。

私は祖母に近頃の出来事について話そうとしたが、祖母は古い記憶をひとつひとつ掘り起こしては丁寧に私に語った。彼女の104年間の人生に張り巡らされた細く複雑な関係の糸は、「関係者」が次々と鬼籍に入ってしまった今ではもはや彼女の脳以外には存在しなかった。私は初めて聞く祖母の過去を3日に1度ほど自分の脳に刻み、その入れ墨はしかし次の3日ほどで少しずつ風化して消えていった。彼女が死ぬ少し前、目線でしか会話できなくなった彼女から私は「(私の)弟にもよろしく伝えるように」というメッセージを受け取った。私はそれを自分の弟のことだと解釈したがあるいはそれは祖母の記憶のどこかに存在した弟のような誰かの存在であったかもしれないなと瞬間的に思った。祖母の葬式は質素に執り行われ、出席した子供達もまた少しずつ互いの関係を温めながら自らがまだ死んでいないことを確認した。

彼女は自宅の布団で死ぬことができなかった。高齢過ぎた祖母は死の直前まで自らに化粧を施せるほどしっかりとしていたが、自らが長らえたがために子供達もまた老いてしまい、食事や排泄などを自宅で管理するのは不可能となっていた。家を離れ、周囲との関係が薄れ、祖母の社会的な関係が緩慢に死んでいく様を見ながら、個体死とは関係から没することであろうと思われた。個体を生かすというのは関係を生かすことに等しいのだろうと思われた。私は直感的にそれがひどく残酷なことのように思われた。祖母の遺影は笑っていた。

2014/03/18
YandelJ
病理医ヤンデル

11通目(ま)

後進の育成。これは、自分が受け継いだ内容を、自分が受けた方法で伝えるというパターンが一番多いのではなかろうか。そもそも私たちは「誰かに何かを教える」ことについての "教育" を受ける機会はそう多くない。学生生活を過ごすうちに、部活動やアルバイトで何となく身に付いた "教え方/教わり方" を、自身の成長に応じてブラッシュアップしてきた人がほとんどではないだろうか。

一方で、部下の育成が自身の評価に結びつく組織もあるから、そういう場合は真っ正面から社員教育のHow Toに取り組まねばならない。だからこそ、管理職(あるいはそれに準ずるポジション)を対象とした、企業向けのマネジメント研修会が開催されていたり、それにまつわるビジネス書、あるいは自己啓発本も山ほど出版されていたりするのだろう。

ナレッジの蓄積と継承。部下の成長が自身の業績になる。それが導く業務の効率化。会社も "人材" という貴重なリソースを入手することになる。そうして組織も、そこで働く人間も成長を続ける。素晴らしいポジティブループ。

試しに手元の辞書で "やりがい" の項目をひいてみる。「やり-がい(遣り甲斐):するだけの値打ち」。値打ち。うん、確かにありそうだ。

ここまで書いたところで、横で流していたラジオから、一時期よく耳にした曲が聞こえてきた。曲の終わりに、DJの語りで「わたしは何をのこせただろう」という歌詞は、亡くなった人の視点で書かれたものだと知る。

人生には限りがあること、そして思いもよらないかたちで最期を迎えることも「ありうる」ことを、私たちは知っている(少なくとも、知識としては)。そんな私たちの頭の片隅にある、ふとしたきっかけで強烈に湧き上がることすらある「何かを残したい」という欲求の、やりがいはどこにあるのだろうか。

「私たちは、笑い合いながら、死を語ることができる。これは、人間の持ち味である」と書いた作家がいる。元来小胆な私は、自分が何も残せず消えたあとの世界を考えると怖くて仕方がなくて、その "人間らしさ" とやらを発揮できる日は来るのだろうかと漠然とした不安をずっと抱えていた。

ある日、ふと手にした医学雑誌の剖検について書かれた記事に「死者が生者に教える」という文言をみつけた。運が良ければ、私でも少しでも何かを誰かに残すことができるのだろうか。それを1つのやりがい、生きがいにしても良いのかもしれない。そう思ったら、なんだか少し救われた気がした。

「縁起でもない」と言われそうで、誰かと "死" を語ることは、これまでそうなかったように思う。人の生死に触れる機会の多い医療従事者は、どうなのだろう。今度、よかったら聞かせてください。

2014/03/11
nishino
西野マドカ

11通目(ヤ)

管理者判断により本記事は公開を見合わせます。
ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。
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sayonara_bun2

11通目(ま)

「何か書いたら?」

初めて先生にお会いした時にも、そう仰いましたね。

医学的知識の面ではバックアップするからさ、と、さらりと言われて、まさか初対面の、顔合わせ程度のアポイントをお願いした編集者にそう切り返してくるとは思わなかったから、「私が言っている "今後、何かお仕事ご一緒できたらいいですね" っていうのは、そういう意味じゃないでんですが……」と、面食らったのを思い出す。

私の知るかぎり、編集者にはどうやら二通りあって、他人の文章だけでなく自分で文章を書くことにも興味があるタイプと、情報伝達手段としての「書籍」に関心があるタイプ。編集者(あるいは出版社への就職活動経験)を経て作家になった、という経歴を持つ書き手を数名知っているけれど、これは前者のパターンであろう。一方で私は、圧倒的に後者である。

私は研究者という職業に憧れて、文系の大学時代を経て、理系の大学院に進んだ。自分の研究領域で報告されているさまざまな論文を集めて、そこから仮説を立てて、研究デザインを組んで、実験を走らせて、出てきた(あるいは出ない)データに一喜一憂する。そうして "知" を積み上げることの一端を担えるのが、本当に楽しくて、嬉しかった。

楽しい時間は、あっという間に過ぎるもの。というか、その責任は完全に私にあるのだが、「研究者であり続ける」ためには、自分の研究室を持つこと、たとえば "教授" を目指す必要がある……という考えが、当時すっぽり抜け落ちていたのである。お世話になった研究施設の指導教官に指摘されてようやく、自分の能力と、自分がやりたいことに向き合うことになった。ずいぶん前に亡くなった祖父が生前「お前はどこかぼんやりしているから心配だ」と言っていたけれど、まったくそのとおり。祖父は慧眼であったことだ。

その後、それなりに色々と悩んだ結果、今の仕事を選んだわけだが、「誰かに自分の意見を発信したい」という気持ちは未だ芽生える兆しはない。その一方で、「この情報を本にするなら、この語調で、こんな見た目で、この時期に出したらどうか……」と考える楽しさは、年々ふくらみつつある。"知" を積み上げることからは離れてしまったけれど、積み上げられた "知" を、可能な限り望ましい形で、必要とする人に届けられることは、楽しい。

お優しいヤンデル先生は、私にやりがいをくださるとのこと。
では、そろそろ、よろしいですか?

2014/03/11
nishino
西野マドカ

10通目(ヤ)

やりがいね。

後進の育成という行動には、めったに業績やお金がついてこない。それも、自身がプロの教師・講師でない場合、たとえば医師が後輩研修医を教育するような場合にはなおさらである。教育のやりがいとは、何か?

医師が研修医を教育するモチベーションとして、「後輩を育てれば、いずれ自分の仕事が楽になるから」というのは、あまり大きくない。

医局制度の崩壊は、多くの研修医を「選べない師匠」から解放し、多くの医師から「使える弟子」を奪った。研修医はいつどこでどのような研鑽を積むかを考え組み立てるようになり、研修指定病院はステップ(踏み台)としての立場を明確に表明した。

研修医をいくら育てても、巣立っていくばかり。大きな研修指定病院、有名な指導医ほど、そのような環境で指導を行っている。まったく研修教育というのは大変だ!

これは私の勝手な推測だが、指導医が研修教育を行うやりがいの一つは、「自分の育てた人間が自分の手の届かないところで優れた医療をすること」にあるかと思う。というか、そういうモチベーションでもないとやっていけない。必死で育てた弟子達ほど優秀になり、他の病院で責任あるポジションを獲得し、自分の仕事は一向にラクにならない。

でも、それでいいのだ。

人間一人のやれることには限界がある。人生には限りがある。しかし、教育によって知は継承される。人間一人が二人になり、四人、八人と増えていき、二百五十六人の弟子が、自分の目の届かないところで、自分が消えてからも成し遂げていくという、やりがい。

意識高い。しんどそう。見返りが少ない。労力に見合った対価が、一番がんばった本人に支払われてない。成果が自分で見えない。報われない。

さあて、どうだろう。
(まあ、対価はもう少し払われていいと思うけど。研修指定病院の指導医クラスにはそれなりの手当が支払われるべきだ、というのはわかる)

「患者さんの喜んだ顔が見られると、励みになります」「自分の手で患者さんを治せるのがいいです」と、最前線でバタバタがんばる臨床家。 それを指導する人。

作家と編集者の関係にも少し通じるかな。
作家に印税が入るからって、編集者は悔しがるのだろうか。

ところで、医療界の場合、たいてい指導者は現役の臨床家でもある。医師と仕事するに当たっては、編集者も作家をやった方が、シンクロしやすいんじゃないかなあとか思ったね。何か書いたら?やりがいあげようか?

2014/03/04
YandelJ
病理医ヤンデル

10通目(ま)

人のモチベーションをチョチョッと引き上げる、編集者とは "妖術使い" か、とでも言わんばかりのお手紙が届いたが、さにあらず。少なくとも、専門書の本作りにおいては。

前回申し上げたとおり、専門書を書く専門家の本業は "物書き" ではないことがほとんどだ。そんな専門家が、学術論文ほどには業績にならず印税も決して多額とはいえない(検索すれば大体のことがわかる、便利な世の中だ)わりに、辛く苦しく手間暇かかる "書く" という作業に敢えて自分の時間を割くことに対し、諸々の条件を納得ずくで「やる価値があるから、やる」と言ってくれてはじめて、多くの専門書は世に生み出される。このような方々の熱意には本当に頭が下がる。

と、つまりは編集者があれこれする以前に "そもそも志の高い書き手" なのである。もちろん、そこに水を差さない、できうれば多少なりとも燃料を投下したい……くらいのことは、編集者であれば気にとめているが、そこは相手もコチラも人間であるだけに毎回いろいろと悩むところなのである。妖術とは、何だろうか……。

さて、その一方で。自身が担当した書籍を読者が手にする瞬間に遭遇する編集者は滅多にいない(この側面に限っていえば、患者さんと病理医の関係性に似ているでしょうか)。では、編集者は何に "やりがい" を求めて日々の仕事に取り組んでいるのか。読みやすさの追求、用語の正確性を高めること、年間あたりの発行点数、担当書籍の売れ部数、意義のある出版物を世に送り出すこと……十人十色だが、仕事を通じて "その道のプロ" との信頼関係を構築していくことが、私にとっての大きなやりがいの1つになっているのはどうも間違いなさそうだ。

何度か一緒に仕事をした仲の良い著者が、業務連絡ついでに本人の専門分野のアレコレに関する情報をボヤキまじりで何通かメールしてくれたことがある。そのうちの1通が、私のほうで多少不快な出来事があったタイミングで届いた際に、勢い「愚痴になりますが、私もこんなことがあって……」と返信したところ、「貴方が愚痴るなんて、よほどだね」と一言の簡潔な返事をもらった。これをみて真っ先に「やってしまった」と落ち込みつつも、「あぁ、この人は私を "オトモダチ" ではなくビジネスパートナーとして見ていてくれたんだな」と嬉しかったし、自分が思い描くところの "真っ当な社会人" をやれていたらしいことが実感できて、少し胸をなで下ろしたことを思い出す。

……ときに。

誰かにやりがい、与えたいですか?
私のやりがいは、上のとおりです。
いつでもお声がけください。お待ちしています。

2014/02/25
nishino
西野マドカ

9通目(ヤ)

「こんなにぼろぼろになって、俺/私、何のために働いてるんだろう」というようなセリフを聞くことがある。その出所は、子育てと仕事を両立するシングルマザーであったり、休日なく会社に泊まり込むインフラ系勤め人であったり、クレーム処理のようなストレスフルな接客をこなす仕事人であったり。日常何かに「忙殺」されてしまった人間がつい漏らしてしまう、愚痴。ふっとため息の一つも添えると完成度が高い。

一方で、「俺/私の生きがいはこれなんだよ」ときいてもいないのに語りかけてくる人もいる。仕事そのものが生きがいであるという人もいれば、旅行や料理、買い物、読書やスポーツといった非労働行為を生きがいと認定して毎日を乗り切っている人もいる。

何のために生きるか、というテーマの切り口は様々であるが、生きるという言葉をありふれたものとして錯覚してしまう我々人類は(天敵なく生きていける生命など人類かハム太郎くらいのものである)、しばしば目標なき生を恥ずかしく思ったり情けなく感じたりするフシがある。TwitterのBio(プロフィール)欄で、「毎日惰性で生きてます」等と自虐を表す人間の多いこと多いこと。

生きがいとか生きる目標などと言ったものはそう簡単に見えてきやしない。「毎日何が楽しくてこんなに必死で通勤してるんだろう」というセリフの奥底には「もしかしたら俺、気付かないうちに何か楽しんでるんだろうか……?」という希望込みの疑問がスパイスのように隠されている。生きるということを手段にも目的にもしながらノラリクラリ型の人生を送る。そんなに都合良く「人生の目標」が壁に貼っているわけはない。居酒屋で小便をする際に目の前に人生訓を書かれているとたいていその店のことが嫌いになる。小便くらいゆっくりさせろ。

ある生命活動に対して、我々がおもしろいとか役に立つとかやりがいがあるといったような認定をする瞬間というのは本当にバラバラである。「何か」が生きがいになるかどうかなんて、なかなかわからない。「何か」に思い入れを込められるかどうかなんて、しばらく経ってみないとわからない。

なのに。

編集者という人間は、監修者や著者のモチベーションをほいほい引き上げたり、やりがいを感じさせたり、思い入れを持たせたりしているようだ。

うらやましい。
ずるい。
そっちがよかった。

人にやりがいを与える仕事というのは、まったくうらやましいものである。

2014/02/18
YandelJ
病理医ヤンデル

9通目(ま)

前回届いた手紙の内容には完全同意。さて今回は「リアルでの付き合い」から連想したことをば。

私は現在、専門書の編集に携わっている。書き手の方々はいわゆる "物書き" ではなく、本職は別にある。そのため、書き手の負担を軽減する意味もあり、複数名に原稿をお願いする場合が圧倒的に多い。その際、書き手のとりまとめ役として "監修者" を決める。その1冊の本すべてにかかわる専門用語の使い方や書かれている内容の正しさについて、編集者は監修者に相談しながら制作を進める。なので、直接会って打ち合わせるし、制作が進むにしたがって連絡をとりあう機会も増える。

やり取りを重ねるうちに、監修者のモチベーションが高まっていく様子を感じることもある。私はこれが楽しくて仕方がない。気がつくと「監修者に楽しんでもらえるには」を中心に据えそうになることもあって、これは我ながら困った傾向だと頭を抱えている(以前も書いたが、最も大切にすべきは "読者" なので)。

一方、書き手にお目にかかることは非常に少ない。依頼はメールか書面で行うことがほとんどで、原稿のやりとりは1、2往復程度。次に連絡をとるのは「発刊のお知らせ」。……なんだか寂しい。そんなものだと言ってしまえばそうなのだけれど、袖触れ合うも他生の縁。せっかく出来たつながりを大事にしたいし、できれば書き手にも、携わった本に愛着をもってほしいと思うのは人情である。

そのための小さな取り組みとして、たとえば、以前この文通でも登場した一筆箋を活用してみたりする。あるいは、書き手が参加する学会や研究会を見つけては会いに行く。その際は、初めて顔を合わせるから緊張するし、コメントでのやりとり経験があるだけに何やら少し気恥ずかしくもある。これまでに何か嫌な思いをさせてはいなかったかという不安が頭をよぎりもする。そうこう思い巡らしているうちに待ち合わせ時間が訪れる

……直接お会いしては「はじめまして」ですねえ、原稿はどうでしたか、あの記述はおもしろいですね、あのコメントが勉強になりました、そういえば別の執筆者さんが……

実際に会ってみると、書き手にも確かに熱い想いがあることや、本に対するお互いの思い入れについて確認しあうことができる。どんな人間かを見知ってもらうことは、その後の作業に大いに影響することは言うまでもない……ここまで書いて、この流れは "オフ会" に似ている気がしてきた。

ついでにもう1つ、実際に会うことには「年齢がバレる」という効果もある。

「もっと、おばちゃんかと思ってました」

これは、ヤンデル先生にお会いした際に頂戴した感想でしたっけね、そういえば。

2014/02/11
nishino
西野マドカ

8通目(ヤ)

「ネット上でしか繋がりのない、言うなれば "見ず知らず" の相手に対して一言もの申したいという気持ちは何故うまれるのか」

なーんてさらっと書いてきたねぇ。
ちょっと考える。

たとえば私は現在、「ネット上でしか繋がりがない人」というのが、17,000人くらいいるわけだよ。これはツイッターのフォロワーさんの数なんだけれども、私はその中の16,000人くらいをフォロー仕返している。相手の書いたものも読むし自分の書いたものも読まれるような相手が、16,000人。「ネット上でしか繋がりのない」知り合いが16,000人。ネット上ってのはちょっと立ち回るとすぐに200人、300人と繋がりが増えていく。私に限らず、みんな、「ネット上でしか繋がりのない関係」っての、けっこうウェイト大きくなってきてる。

昔から言われていることだけど、マンションが増えたら近所づきあいが少なくなったとか、公園で子供を他の親の目にまかせておくような関係がなくなったとか、そんな話を聞く。リアルはネットとは反対で、ディスコミュニケーション状態がどんどん進行している。

昔はみんな、自分の社会イコール自分の目の届くところだったから、あなたの言う「お節介なおばちゃん」みたいな人は、リアルで目の届く人にお節介を焼いていただろう。でも、社会が変わって、そういったお節介が非常に難しくなった。

ここに降って湧いた「ネット」。さあ気をつけよう。ネットの闇。ネットという仮想世界。ネットに制限された人格。ネットは危ないところだ。ネット上でしか繋がりがない世界は不安でしょうがない。

……本当にそうなんだろうか。
「おばちゃん」にとってはどうなんだろうか。

「ネットで繋がることができた、待ち望んだ人間関係だ!」くらいに考えてる人の方が多いんじゃないだろうか。お節介を焼く。邪推もする。嫉妬もするし愛情も生まれる、化粧もするし噂話もするし距離感を間違えてすり寄ったり気持ち悪がって避けたりもする。

それこそネットにはリアルとの対比と相違ばかり落ちてるけど、そんなに違うものだろうか。

ネットを全く使っていない人はみんな「ネットってなんか怖い」で終わってしまう。でも、すでにネットに入り込んだ人達は、逆に「ネットだからどうした」で終わってるんじゃないか。だから、ネットでもリアルと同じように、お節介を焼くんじゃないだろうか。

そもそも、リアルでの付き合いって、ネットと比べてそんなにきれいでスマートなものだったろうか……。

2014/02/04
YandelJ
病理医ヤンデル

8通目(ま)

親族・友人を含め、私の周辺にはSNS利用者が少ない。最近、社内ではそれらのサービスが注目されつつあるが、特定のコミュニティでどのようなやり取りが行われているかを実際に見たことのある人は少ないし、利用経験のある者はさらにレアである。そんな環境もあって、私がSNS利用者であると誰かに告げたとして、アカウントを教え合う、なんて事は滅多に起こらない。むしろ「怖くない? 個人情報が漏れたりとか」「利用してて何か良いことあるの?」と "ハイリスク・ローリターン" な事象に携わっている人物と見られることすらある。常識を守っていれば大丈夫ですよ、などと答えれば、"インターネットに詳しい人" という実態と乖離した評価を頂戴して困惑することもある。包丁を使っている人が総じて包丁に詳しいわけでもなかろうにと思わなくもないが、何やら危険そうなモノを一見危なげなく使っている人を見て「詳しそう」となるのも、致し方ない事か。

ツイッターをはじめて半年程度の私だが、アカウント開設以前、ツイッター上でのやり取りをただ見ていた頃から思っていることがある。それは "人って存外にお節介やき" ということだ。忙しくて昼休憩が取れなかったと言えば「そんな職場ヒドイ!」、体調が悪いが休めないとつぶやけば「休んだほうがいいですよ?」、料理の写真をアップロードすれば「別の食べ方のほうがオススメです」。世間で言われる "ネット上の冷たい人間関係" なぞどこ吹く風。その様子たるや、"親戚のおばちゃん" と評しても良いほどである。

ネット上でしか繋がりのない、言うなれば "見ず知らず" の相手に対して「一言もの申したい」という気持ちは何故うまれるのかと考えてみる。相手と自分が対等(あるいは自分が優位)であることを確認したい、または自分の存在を知ってほしいという側面はあるだろう。相手が影響力の大きい存在であるほど、その傾向は強いように思う。と同時に、貴方にはなるべく辛い目に遭ってほしくない、できればキレイなままでいてほしい、というような、身内に対する親愛にも似た想いが垣間見えるツイートが飛んでいく機会も、影響力の大きさに応じて増えるような気がする。

お節介やきな、こころ優しき人々の一言は、見ていて何となく心和むことも多い。その受け手となれば、ありがたいことでもある。

ありがたい。ありがたいんだけどねえ、〇〇おばちゃん。

小さい頃の私と今の私は違うし、親戚同士で一緒にいる時の私が、私のぜんぶじゃないんだよ。たぶん、貴方がいま話しかけている相手もね。

と、ひとりごちたくなる時も、わりとある。

2014/01/28
nishino
西野マドカ

7通目(ヤ)

ワークライフバランスの話が一往復したあたりで、パブリックとプライベートの境界線を探して思考がさまよい始めた。思考はそのまま、ネットにプライベートを出すということ、ネットで書いていいこと・悪いこと、という話へと進んでいく。

私はツイッターなどのSNS (social network service)では本名ダダ漏れ状態で、病理広報アカウントとは名ばかりのプライベートな発信を行っているが、時折フォロワーの方々から「そこまで身分を明かしているのによくそんな(あからさまなシモネタ)トークできますねえ」と感心半分、嘲笑半分のご指摘を受けることがある。

私がSNSを運用する上で普段から気にしているのは、職業上の守秘義務を遵守すること、私が診断している患者さんの情報が漏れたりしないように細心の注意を払うこと、同業者や異業種の方々が私のツイートによって過剰に不快な気分にならないように気を配ること。つまり他者が必要の無い不幸に陥らないことを念頭に置いているので、自分が多少ヨゴレる事についてはあまり頓着していない。もちろん、私自身の情報が漏れることで誰かが不幸になる(例えば家族、知り合いなどが間接的に中傷を受ける)のは問題なので、慎重に判断している……。

思い起こせば私はこのような言い訳を、いろいろなタイミングでいろいろなところに書いてきた。もちろん、書いている内容に納得してもらえるかどうかはわからないし、SNSのフォロワーさん達が情報あふれるタイムラインの中から私の言い訳をうまく拾って読むとも限らない。この先も不特定多数の方々から「ちょっとプライベート漏れすぎじゃないですか?」とか「本名出しながらシモネタ言うなんて」と指摘を受ける機会はなくならないだろう。

さらに。

情報発信において「私がどれだけ気を配っているか、慎重になっているか」は一番の問題ではないのかもしれない。私がどのような理論・どのような覚悟を持っていようと、ネットでプライベートとパブリックの区別がつかない人間はアホであり、シモネタを連呼する人間は下種(げす)であり、軽口を叩く人間はリアルでも信用出来ないと考える方々が、確実に存在する。私はこの感覚・感情を、「お箸を落としたら、洗うのではなく取り替えてほしい」というのと同じような「けがれ」に近い感情なのではないかと考えていて、おいそれとは否定出来ない、人間の根源的な感覚として、それこそ慎重に対処するべきなのかもしれないと思い始めている。

2014/01/21
YandelJ
病理医ヤンデル

7通目(ま)

年末年始の休業明け、あっという間に1週間が過ぎた。毎年1月は、春に発刊予定の書籍関連で慌ただしい。休暇中は「社会復帰できるかしら」と不安になるが、杞憂に終わるのも毎度のこと。残業・早出・休日出勤と休み明け早々に仕事モード全開だが、正月ボケを感じるヒマもなく済むのは、かえって有り難い。

……こう書くと、苦労自慢と思われるだろうか。あるいは「へえ、お仕事がお好きなんですねえ」という感想をもたれる方もいるだろうか。

ワークライフバランスという語を目にする機会は、実に増えた。「ブラック」と言われるような労働環境が見直されるようになったのは喜ばしいことだと思う。組織も、そこで働く人も、倒れず折れず "続けていく" ことは本当に大切だ。一方で私は、「仕事とプライベートは完全に区別する」という考え方に対しては、なんだか窮屈だなあという印象をもっている。仕事をするのも、プライベートを満喫するのも、どちらも "自分"。分離させるほうが不自然というか、大変なように思えてならない。ワークとライフがシームレスなほうが、オフザジョブ/オンザジョブなんてことをわざわざ意識する必要もない。あらゆる経験は、そっくり "自分" に活かされる。そんな前提で毎日に臨んだほうが、自然体で無理がいらないし、何より "お得" なことのほうが多いように思えるのである。

大層な物言いに聞こえるかもしれないが、何ということもない。仕事での経験が人生観に影響したことはありませんか? 自宅で見ていたテレビ番組から仕事のヒントを得たことは? その程度の話の、延長線上の内容にすぎない(それでも「会社の外では仕事のことは一切考えません」と鼻息も荒く宣言されることもある。そこまでの強い想いを発言者がもつに至った経緯には、少し興味を抱かなくもない)。

「そんなふうに考えられるなんて、恵まれた労働環境・家庭環境なんですね」と言われるだろうか。否定はしない。少なくとも、バランスの話に拘泥せずに、ワークとライフの面白さに向き合える程度には恵まれているようである。ならばその幸運を無駄にせず、この環境を続けられるかぎり続けたい。バランスなんて、枝葉でしょう? と言える自分でありたい。そして、何かあっても「ほらみたことか」と言われないための努力も。

もうすぐ36歳。そのくらいの覚悟は、そろそろ出来ているらしい。

2014/01/14
nishino
西野マドカ

6通目(ヤ)

病理医ってどんな仕事するの?と聞かれて、明快に即答できる病理医はどれだけいるだろう。見たものを言葉にして返す仕事をしている我々は聞かれて答えるのは得意だと思い込んでいるし、質問者が「なるほど」と得心がいくかについてもある程度大丈夫だろうとは思っているが、質問者はたいてい「ああ、変な仕事なんですねえ」くらいまで雪崩式に了解してくださる。余計な修飾語つきだ。

冒頭の質問を少しアレンジしよう。病理医ってどんな素敵な仕事なの?と聞かれて、明快に即答できる病理医はどれだけいるだろう。私は、病理の門外漢である人が病理医にあれこれ説明を受けたあとで「わぁ!私も病理医になってみたいです!」と答えたケースを見たことがない。

説明しても、届いていない?

わざわざ病理医を選ぶなんて、他の科と比べていったいどんなメリットがあるの?と聞かれて、明快に即答できる病理医はある程度いるだろう。「素敵かどうか」という曖昧な価値観を語るより、メリット・デメリットの話になった方が人は饒舌になるし、聞き手側のウケもよくなる。ワークライフバランスの話が頻繁に登場するのも、よくあること。「いいところと悪いところを両方見てよ!バランスは人それぞれだけどね」、単純な二元論よりは、よっぽど話が進む。

ただし。

病理医の仕事の大部分は、「体内からなんらかの形で採られてきた、形のあるものを見ること」と説明し得る。もちろん、所属施設や個人によっても、病理医の仕事は微妙に異なる。例えば病気がなぜ起こり、どのように体にダメージを与えるのかを実験室で培養細胞相手に研究する病理医もいれば、市中の病院に勤務してひたすら顕微鏡診断を続ける病理医もいる。仕事の内容に差はあれど、どの仕事も根幹には病理学という共通の学問がある。ところがこの学問そのものを説明せずに、やれ開業は困難だの給料は安めだの休みは多めだのSNSし放題だの、ワークライフバランスの話ばかり進めていては、肝腎の病理学という学問そのものの魅力は伝わらない。

私は幸いにして今の自分の仕事、そして病理学そのものを面白いと思えている。だったら伝えたい。「聞く方がつまらないと思わないように伝え方を工夫する」のは情報発信者の矜持、「伝え方だけに手練手管を用いるのではなく、ちょっとでいいから本質的な面白さを伝えたい」と思うのは情報発信者の人情である。

2014/01/07
YandelJ
病理医ヤンデル

6通目(ま)

編集者ってどんな仕事するの?と聞かれて、明快に即答できる編集者はどれだけいるだろう。得られた答を並べても、質問者が「なるほど」と得心がいくかは個人的には甚だ疑問である。というのも、この仕事には、どうも定型はないようなのである。

書籍が印刷されるまでの行程をざっと並べると、企画/執筆/原稿整理/校閲・校正 となる(並行してデザイン関連の行程が入る)が、実は、会社や個人、本によっても、編集者の仕事は異なる。例えばどんな本を作るかを考えること(企画)を専門にする人がいる。一方、すべての行程を1人で担当している人もいる。仕事の内容に差はあれど、みな肩書きは "編集者"。説明しづらいわけである。今回、この手紙で明文化したおかげで、いずれ出会う未来の仕事相手に聞かれたときには、もう少しうまく言語化できるかもしれない。

仕事の内容はケース・バイ・ケースだが、共通するのは「その本の読者を常に念頭におく」こと。専門書の場合には、もう1つの共通点があるように思う。それは、自らは編集した本の情報の利用者ではない、ということ。そのため、専門書の場合は「自分は利用しない情報を必要としているらしい誰かさん」を思い浮かべることになる。これはまったく難しい。その本を必要としているのはどんな人で、どこにいるのかを、一体どうしたらつかめるのか。

ある専門領域の指導者が「こんな本が生徒には必要だ」と考えて作った本であっても、あまり生徒は購入しなかった、などということも少なくない(そういった書籍の "出版の意義" は、また別の話)。どうやら「こんな本があれば」という利用者の感覚だけでは "読者" をとらえるには不十分なようである。もう片方の車輪として、利用者全体、いわゆる "市場" からの視点が必要になるのであろう。利用者から見聞きしたもの、そこから考えたことが、その領域全体の傾向に照らしてどんな位置づけにあるのかを知ることで、より確かな "読者像" に近づくことができる……こんなような、言ってしまえば当然のことを実感する機会が、最近は増えた。

編集者が "市場感覚" と "利用者の感覚" の両輪をそろえて読者に近づこうとすることが、良い本を世に送り出すことに繋がるのだろうな、と今は考えている。そのために、利用者の誰が、どんな思いを、どんな言葉で語るのか、受け取る "耳" をもっていたい。

これからも "あなた" の言葉を聞きにきます。
"あなた" の言葉を聞かせてください。

2014年もよろしくお願いします。

2013/12/24
nishino
西野マドカ

5通目(ヤ)

病理医は出現率激レア稀少キャラ。乱数調整しないと日常生活で病理医と知り合うことはない。病理医の常識は世間の非常識、病理医のニーズは社会のニッチ、病理医の当然は世界の疑問である。従って「病理医あるある」を書いたところでほとんどの読者の方々には通じない。それをわかった上で、あえて「あるある」を一つ提示する。

「腫瘍細胞がある、ないというのを『いる』『いない』と表現してしまう」。

採取検体内に微小な腫瘍細胞を発見した時に「あっ……いた……!」とつぶやいたり、研究会で病理解説をする時に「見えづらいですがここに数個の悪性細胞がいます」と説明してしまったり。日常茶飯事である。 腫瘍細胞を擬人化してしまうというのは罪深い。本来であれば唾棄すべき存在である腫瘍細胞に対し、かくれんぼするような気分で「あなたはそこにいますか、いませんか」と応対している自分は少々恥ずかしい。

腫瘍細胞、特に癌細胞は、人体内で調和し活動している細胞集団のいずこかに密かに出現し、人体の恒常性をすぐには壊さず、一見すると正常の細胞と似たような機能・構造を呈し、あたかも自分は無垢の民であるいう顔をして免疫機構=体内における警察的存在の手をかいくぐり、そのうち徐々に本性を現して、人体が生命体として維持されていくための合目的行動から逸脱した行動(分化・増殖)を示し、いつしか顔貌(核所見)も凶悪となって徒党を組み、自らの利のためだけに周囲器官から栄養をかすめとり、良性細胞の何倍ものスピードで無秩序に仲間を増やしながらホルモンやサイトカインなどを独自に展開、正常構造を圧排、浸潤、破壊しここに至っていよいよ反乱軍としての様相を呈し始めた腫瘍テログループに対しようやく人体警察は非道の輩に同情の余地なし直ちに駆逐せんと出撃するも警察的殲滅活動は却って周囲の正常構造を巻き込み皮肉にも破壊活動を助長してしまうこととなり、おまけに警察の手を逃れた手練れはいつしか全身に戦略的転進、転移先でも我が物顔に自律性増殖して人体そのものが恒常性を保てなくなるほどに増殖し、「生まれた大地」そのものを破壊してしまう……。

擬人化して何の不都合があろうか、人間世界そのものではないか、という感想を持たれた方は、我々が腫瘍細胞を発見する度に、「あっ……いた……!」と口にする度に、どういう思いでその言葉をつぶやいているのかと想像していただければ幸いである。

2013/12/17
YandelJ
病理医ヤンデル

5通目(ま)

11月末から12月初旬にかけ、大彗星としての観測が期待されたアイソン彗星が消滅したかもしれない、というニュースが話題になった。ツイッター上でも観測を心待ちにする人々のつぶやきをよく目にしたが、その内容は「どうか見られますように」という願い掛けよりも、「消えないで」「頑張れ」「生きて」といった、アイソン彗星 "本人" に向けられたものが比較的多かったように思う。専門家である天文学者の方々にも、そのようなツイートがみられたのもまた興味深い。

昨今、さまざまな事物の "擬人化" はよく行われている。可愛らしい女の子の姿として再現される場合がほとんどだから、これを敬遠する人もあるだろう。しかし考えてみると、擬人化自体は割と頻繁に行われていることに気づく。理学部出身の同僚は、ある化学物質について「この分子は結構いいヤツでね」とその特性を語ることがある。卑近な例を挙げれば、用紙の銘柄を「さん」づけで呼ぶ、デザイン案を選ぶ際「この方(かた)が好みのタイプです」とデザイナに伝える、などはしょっちゅうである。

不思議なもので、こういった "人間クサさ" を与えたとたん、その対象はぐっと身近な存在になる。それは概念に対しても同様であるようだ。たとえば "プログラミング" という語を思い浮かべてみる。連想されるのは「機械」「パソコン」のたぐいであり、無機質で無味乾燥で、なんだか怖いもの、という印象すら抱くかもしれない。

そこでこんな話をご紹介してみる。
「プログラミングしてるとき、絶対に意味がないはずなのに、削除するとなぜか必ず問題が発生するような1行があったりするんだよね。最後はもう放置しちゃうんだけど、そういう "実際の効果は不明だけど一応おいておく1行" のこと "おまもり" って呼んだりするよ」
……どうだろう。こんなエピソード1つで、最初の冷たい印象が少し和らぎはしないだろうか。

読みかけの本に、「科学的であるとは、正しくあろうとすることである」と書かれていた。なるほどそうだよな、と思う反面、その字面の冷たさに引っ張られそうになる自分もいる。正しさを十分に発揮するために、これからは、そこに血を通わせることを少し意識してみようかなと思う師走である。

とはいえ、手当たり次第に美少女化しようと思っているわけではないし、そんな描画能力もないことは、念のため申し添えておく。

2013/12/10
nishino
西野マドカ

4通目(ヤ)

「どこまでいっても "貝" はない」と書き始めれば途端に密漁に苦しむ場末の漁協みたいな雰囲気が醸し出され、行雲流水知床旅情といったムードでお送りすることも可能ではあったが、今日は貝の話題は置いておいて「どこまでいっても "解" はない」からの連想を少々。

ベッドサイドにおいて、パフォーマンス・ステータス(PS)という評価項目がある。日本語にすると「全身状態」であり、病気にかかった患者さんがどれくらい元気か、へたっているかを表す。グレード0が元気でピンピンしている状態、グレード4は常に介助が必要で自分では何もできない状態に相当する。中間にあたるグレード2はどれくらいかというと、「歩行可能で、自分の身のまわりのことはすべて可能だが、作業はできない。日中の50%以上はベッド外で過ごす(国立がん研究センターがん対策情報センターウェブサイトより引用)」。

曖昧な表現である。身の回りのこととはどこまでのことを指すのか。作業とは何だ。身の回りのことと作業とを分ける線引きは?どこまでも主観的な評価であり再現性もさぞかし低かろう……と思われがちだが、実はこのPS、患者さんの生命予後と非常によく相関することで有名なのである。PSはECOG(Eastern Cooperative Oncology Group)によって定義されているれっきとした国際分類であり、がんに対する化学療法施行前などでは「実際にこの患者さんに抗がん剤を入れてよいものかどうか」を判断する際に評価される。「グレード分けする意味あるのかよ。元気です、つらそうです、じゃだめなのかよ」。はい、グレード分けする意味があるんです。一見曖昧に見えてもね。

「見た目元気そうかどうか」「痛みの性状はどうなのか」「気分はどのように悪いのか」。医療はデジタル化しているように見えて、その根本は多分にアナログである。かつて、「DNAは4進法だから生命の基本プログラムはデジタルである」と言った人間がいたが、遺伝情報にはDNAメチル化やmicroRNA、ヒストン修飾など無数の飾り付けがなされているし、思っていたよりも生命そのものがアナログなのではないか。まして、人と人が絡み合う医療にデジタルな最適解は存在しない。「ここを解とする!」という強気な提案によって患者さんも医療者も救われるシーンがあるかもしれないが、畢竟生命科学というものに「解」が存在するケースの方が少ないのかもしれない。わたしは貝になりたいが解になりたいかはわからない。

2013/12/03
YandelJ
病理医ヤンデル

4通目(ま)

学術用語は「観察したまま」名付けられたものが多いと聞いたことがある。脳のミゾに位置する島(とう)皮質という部位は、たしかにそのミゾにおいて「島のように」隆起しているし、神経細胞から樹木のように伸びた部分は樹状突起とよばれる。では "ナマケモノ" はどうか。

ネットで確認すると、学名はFolivora(ラテン語の "leaf-eater" が語源)。英名のSlothは "怠惰"、"ものぐさ" の意。中南米では "寝る"、"食べる"、"汚い"(!)を意味する語で呼ばれるそうだ。和名の決定法について生物学を専攻していた知人に尋ねたところ「わからないけど、学会で侃々諤々やってるとは聞かないないなあ」とのこと。Slothを前に、日本の学者らは「どうみても、ナマケモノ、だよなあ……」「ですねえ……」と、顔をみあわせながら命名したのだろうか。世界中でひどい言われようだが、ピクトグラムのようにとは言わないまでも、さまざまな文化圏に普遍性のある妥当な名前であったと言えなくもない、かもしれない。

恐竜など化石の形状などから名付けられる場合もあるが、化石、という語に、ふと大学院生の頃にお世話になった方を思い出す。機能的MRI(fMRI)を使いヒトの脳機能を研究している彼に久しぶりにお会いした際、今の研究テーマを尋ねると、ネアンデルタール人の脳機能を研究しています、と言う。はて。ヒトの脳を対象としたfMRIは、乱暴に言えば、被験者に何らかの刺激を提示した際の脳の反応を検出する、「生体」を相手にした研究手法である。「絶滅した旧人の脳機能を研究する」とは、どういうことか?

聞けば「化石から旧人の脳を3D上で復元し、われわれの脳の形およびfMRIの結果と比較して、旧人の脳機能を探る」ということらしい。復元技術、そして新人脳との比較は精度が高く、なかなか面白い結果が得られつつあるとのこと。ただし、研究の根幹となる "復元脳" は、あくまでも仮想空間上のものであるため「この研究は、どこまでいっても "解" はない」のだそうだ。でもね、と彼は楽しそうに続ける。「今ある方法の、これが1つの限界ですから。そこで出来る限りの検証をすることが、次につながると思うんです」。

ナマケモノと名付けた学者も、きっと当時得られる知見の限りを総動員して名を付けたのであろう。……旧人脳の研究に比べて、やや緊張感に欠ける字面であるのは、否めないけれど。

2013/11/26
nishino
西野マドカ

3通目(ヤ)

先日、「ペンギンモドキ」という絶滅動物の名が全国紙を賑わせた……らしいことをツイッターで知った。一般に「ツイッターで得られる情報には偏りが多い」とされているが、偏った結果飛び込んでくるのがペンギンであれば特に問題はない。しかし飛び込んできたのはペンギンではなくペンギンモドキである。ひとくせありそう。

ペンギンモドキは約1700万年前に絶滅してしまった海鳥であり、化石でしかその姿を知ることはできない。化石からの復元図は確かにペンギンに似ている。ただ、復元図なんて似せようと思えば模様でもポーズでも駆使してペンギンらしくすることはできるだろう。復元図を製作している方々に怒られそうだが、実際恐竜は長年トカゲのように描かれていたけれども近年の研究では羽毛が生えていたのではないかと言われているそうで、子供の頃からいかにもトカゲな恐竜の復元図ばかりを見てきた私は「復元図にダマされた」と軽い不信感を覚えている。

ペンギンモドキは黒と白でペイントされ、首元に黄色い三角など描かれておりいかにもペンギンもどき風の外観。ただ、素直な目でみれば、これはカモメとかウミネコとかそっち系統のトリではないか。ネットによれば「体型や生活様式がペンギンに似ていたことからペンギンモドキと名付けられたが、近年ではペリカンの仲間ではないかと考えられ」ていたらしい。トリの化石からどうやって生活様式まで推測できるのだろう。もういっそペリカンモドキと改名すればよいではないか。まあ、ペリカンモドキに改名して今度は「アホウドリの方がもっと似ていました」というのは恥ずかしいだろうし、改名というのもそう簡単ではなかろうが。

ところで件の記事、タイトルは「絶滅したペンギンモドキ、実はペンギンか」。岐阜県博物館でペンギンモドキの化石を検討したところ、脳の形がペンギンに似ていたので、やはりペンギンの仲間であろうという説を発表したとのこと。うーむ私の「ペンギンには似ていない」という感性は最新の学説により打ち砕かれてしまった。ペンギンモドキと名付けた人は卓見、さすがのプロだったのである。いや待て、命名者がもう少し目利きだったらモドキなどと逃げずに真っ向からクビナガペンギンとでも名付けていたであろう。そもそも、大事な分類名にモドキとはなんだ。もう少し命名というものに緊張感を持って欲しい。ナマケモノの名付け親はなぜもう一晩考えなかったのだ?

2013/11/19
YandelJ
病理医ヤンデル

3通目(ま)

「昔は東京もけっこう雪が積もってね。」

冬の気象予報を横目に、その東京育ちの初老男性は言った。本当に?と、首を傾げたくなるほど、ここは街も人も雪に弱い。雪の日は救急外来も緊張します、と知り合いの医師が言っていたが、さもありなん。うっすら積もった程度の雪に、みんな景気よく滑って転ぶ。冬はそんな光景をよく目にするので、例えば正月の里帰り、降雪をものともせず走る東北新幹線の姿には、少し鼻が高くなる。

大学院生の頃、都心の大学からきた後輩に「なんでみんな雪道で転ばないんですか?靴にスパイク付いてるとか?」と聞かれた。いや、滑り止め程度はついてるけど、転びにくい歩き方、なんとなく知ってるから。そうねえ、ペンギンみたいに歩いてみるといいよ。と教えたところ「つま先で歩くってことですか?」と返された。……君はつま先立ちで歩くペンギンを見たことがあるのかね、と言いかけたが、なんだか面倒になってしまって、適当に説明してその場を切り上げた(のちに調べたところ、ペンギンは確かに「ヒトでいうところのつま先で立っている」のだった。後輩の返しは正しかったわけだが、解剖学的な話をしていたつもりのない当時の私の心的反応も妥当ではあろう)。

そんな些細なエピソードが積もり積もって、雪に不慣れな場所や人とは、あまりソリが合わないな、と感じていた。だから、私はきっと東京では暮らせないだろうな、とずっと思っていた。

先日、甲信越地方に暮らす知人が「夏休み、東京に着いて空気を吸った瞬間、気持ち悪くなった」と言っていた。小さい頃、家族で東京を旅したとき、弟は新幹線から降りたとたん、くしゃみがとまらなくなり、市販の抗アレルギー薬のお世話になった。

そうだ、私も昔はそうだった。

学生の頃、毎年の健診のたびに「白血球減少傾向(経過観察)」という結果をもらった。その後、別件で病院を受診した際、医師は血液検査の結果をまじまじと眺め「白血球、少ない家系ですか?」と家族歴を確認した。一時は不安にもなったが、気にしすぎてもQOLが低下しそうなので、体質なのだと思うことにしている。実際、白血球が少ないだけで病気になりやすいというわけでもないようで、ちかごろ会社で受けた健診の結果も昔とさほど変わらないが、昔より体調を崩しがちということもない。

ヒトの恒常性と順応性は、未来の選択肢を実に広げてくれるものだな。と、いかにも素人らしく感心している。

2013/11/12
nishino
西野マドカ

2通目(ヤ)

四月、新入生歓迎のシーズン。北海道大学における学生の定番トークというのがある。新入生の約半分を占める道外出身者に対する、「先輩からのご当地ルール伝授」である。

電気ストーブは暖房能力が低いから買うだけ無駄だガスか灯油にしろ、信号の赤黄青が縦方向に並んでるのは雪が積もるからなんだぜ、窓は二重になってんだ面白ぇだろ。嬉々として先輩面を吹かせるのは、元から北海道に住んでいた人間よりもむしろつい数年前に北海道にやってきた「元・道外勢」。順応に成功した自らを誇りたい気持ちが働くのか。どんどん誇って欲しい。毎年、多くの内地人が、北海道をネタにしながらも好きになっていく。

一方で私は、北海道、特に札幌と東京の間にさほど距離を感じていない。新千歳・羽田間の飛行機便は朝7時前から夜9時まで実に三十分に二本のペースで間断なく飛んでいる。金は確かにかかるが実際の移動時間は思いの外短い。札幌から釧路あたりに行く方がよほど手間も時間もかかってしまう。札幌と東京なんて隣同士。半ば本気でそう思っている。

はじめて「東京」を意識したのは、大学1年生の夏だったか。関東で開催された剣道大会の帰り、都内の電車に乗って感じた「車両のかび臭さ」であったと思う。東京の電車はずいぶんとゴミみたいな体臭みたいな変な臭いがするなあ。ここは札幌とは違うんだ、やってくる人、留まる人、離れる人、多い、多い、汚い、臭い。北海道人の持つ無意識の劣等感と、東京に対する幼稚な反骨精神が、私の鼻孔に入る東京を貶めていた。食うものもまずい。音もうるさい。ただ、とにかく熱量がある……。

大学、大学院を出て東京で半年生活した後、札幌に帰ってきて就職した。地下鉄や自家用車は頻繁に使うものの電車を使う機会はなかなか無かったが、ある時久々に札幌の電車に乗った。そこで驚いた。長雨の続いた夏の終わり、列車は確かにかび臭かったのである。北海道にも近頃は梅雨が来る。「雪は多く冬は辛いが春から夏は快適」という札幌の印象がその時しずかに崩れ始めた。

そうか、札幌もかび臭いのか。
あるいは、まずく、うるさいのか。
じゃあ、熱量はどうだ。

近頃、人々の「熱量の北限」は仙台あたりで止まっている気がする。嗅神経がかびの臭いに順応するまでの短い間、私は北海道が未だに試されている大地なのか、あるいはもう試され終わっているのではないかと考えていた記憶がある。

2013/11/05
YandelJ
病理医ヤンデル

2通目(ま)

果物に不自由しない土地で育った私は、「果物はいただくもの」と思っているふしがある。そんな私にとって、数少ない「買って食べる果物」の代表は蜜柑である。柑橘類は、北限の少し北にある私の故郷では実を結ばない。唯一の例外は柚子だそうだが、可食部に乏しいあの果実は、いわゆる果物にはカウントされまい。

北限、という単語に触れたのは小さい頃。『若草物語』に登場したライムの砂糖漬け(これしか覚えていないあたり、自分の食い意地には恐れ入る)が食べてみたくて「ライムの木がほしい」とねだる私に、親がそう説明したのだった。幼心に「いつかライムのほくげんにすみたい」とまで思ったのを今も覚えている。 だから、大学生の頃、旅先で道端になる柑橘類を目にしたときにはたいそう驚いた。丸くて大きなオレンジ色の実があっけらかんと木になっているものだから、レプリカかしら、と一瞬おかしな想像をした後、旅先にいることを実感しつつ、自分の世界の小ささを見せつけられた気がした。まったく、イマドキの子に西瓜の絵を描かせるとカットされた状態しか描けない、などというニュースを笑えたものではない。

関東に暮らして8年、柑橘類のある景色にもだいぶ慣れた。学生の頃は思いもしなかった仕事をしながら、「われわれは水道管であってはならない」という上司の言葉を思い出す。原稿をそのまま通す水道管であるなら、私たちはなぜ存在するのか。先人と著者の智慧と努力に頭を垂れつつ、わずかでも良い+αを加えたいという思いで、「フィルター」として機能する気概をもて、と上司は言った。

この言葉を前にすると、職業人としての矜恃を意識する一方で、仕事をはじめた当初の、ザルだった自分がまざまざと思い出されて逃げ出したくなる。恥を晒すが、当時の私は「専門家が書いたものを専門家が読むのだから、私にはわからなくても大丈夫」と、どこかで思っていた。眼前にあるものが、著者の「味」なのか、除去すべき「ノイズ」なのかを判断していなかった。というより、「判断したつもりになっていた」というほうが正しいのだろう。 そんな姿勢での仕事が上手くいくわけもなく、早晩、大きな失敗をした。そのとき、ずっと昔に旅先で目にした、あの大きな果実がふと浮かんだ。そうしてあのオレンジ色は、私の旅の象徴であると同時に、「足りていない自分」と深く結びつくことになった。

もうすぐ、みかんの季節がやってくる。見慣れたはずの果実を前に、すこし姿勢をただして、なんとなく落ち着かない自分が想像できて、ちょっとおかしい。いつか、こたつの上のみかんを、のんびり眺められたらいい。

2013/10/29
nishino
西野マドカ

1通目(ヤ)

いったい手紙というのは、どうやって書くモノだったろう。タイトルは必要だったろうか。タイトルじゃなくて「拝啓」みたいなアレが要るのではなかったか。仕事のメールでは気恥ずかしくていちいち拝啓とか前略なんて使わなくなってしまった。便箋を頭の中に思い浮かべながらキータッチ。書いては消し書いては消しが出来て便利なパソコンであれこれと文章をいじりながら、ふと思う。手書きの時代には、いきなり書いて消してするのではなく、まずは机の上の白紙を前にどういうことを書こうかと腕でも組んで悩むのではなかったか。それが手紙の誠意というものではあるまいか。しかし、よくあるドラマやマンガで、主人公が思いの丈をうまく表現できずに手紙をクシャクシャにして部屋中にポイポイ捨てているシーンはどうなる。手書きでもPCでも、基本は「書いては消し×n(nは任意の自然数)」。変わらない。大切なのは、中身と心。誠意。愛。夢。希望。募金。

だいたい私はこのような人間で、手紙をやりとりしようと言われれば、手紙をどうやったら手紙としてのスタイルにできるのか、手紙の手紙たる所以は何か、手紙の歴史とは、手紙の効用とは、手紙っぽい手紙とは、手紙っぽくない手紙とは、手は、紙とは、中国では手紙イコールトイレットペーパー、などと紙面を埋めるのがひとまず得意です。今後ともよろしくお願いします。「大事なのは中身と心」で締めた文章にほとんど中身がないという一大アクロバットも披露しておいたので好感度は抜群である。先日送られてきた一通目の手紙はメール添付されたワードファイルであり、手書きだPCだと考察したことにそもそも何の意味もない。湧き出る泉とはよく言ったもので、世の中の泉の多くは夾雑物が多すぎて、「名水100選」みたいな実績知名度話題性いずれも揃った泉を除けばそのまま飲んではいけないのである。エキノコックス症に注意しましょう。

こぼれそうになる「インク」に目が留まる。病理では、インク、使うんですよ。二十一世紀になってもね。遺伝子がどうした蛋白質がどうした多様性だ統計処理だと進歩著しい現代医学の根本を支えている診断病理学において、病変を認識し、進展範囲を把握し、記録するのに使っているのが「万年筆」と「インク」。ナイスアナログ。泉もいいけどインクっていいじゃない。濃厚だし、鮮やかだし、尖ってるし。あなたみたいで。

2013/10/22
YandelJ
病理医ヤンデル

1通目(ま)

小さい頃から文具が好きだ。この仕事をするようになって、文具はますますなじみ深い存在になっている。特に、郵送物に同封する一筆箋は「担当者の心の機微を伝える大事な商売道具」と先輩に教わって以来、きらさないようにしているし、なるべく季節に応じたものを揃えるよう心がけている。

仕事上のやりとりは、当然ほとんどがメールで行われる。やりとりの記録も残るし、それで必要十分だ。でも、協力会社の担当者から届く郵便物に同封されていた一筆箋に、喜んだり、少し救われたりすることだってある。だから私も、先方に少しでも何かが伝わりますように、と小さい祈りを込めて、一筆箋にメッセージを書き入れる。ビジネス、取引、商業利用……といった単語の、どこか冷たい響きの裏側は、こんなふうに、意外と人間味にあふれている。

一筆箋の相方として、ここ5年ほど万年筆が気になっているのだけれど、悪筆ゆえ、あまり高額なものは買えずにいる。それでも、万年筆のインクの、宝石のような名前をした目にも鮮やかなものや、和名を冠した情緒ある色味、あるいは色にあわせた香りがついたものまであって、それこそ「色とりどり」なさまを眺めるたび、「インク1色に、万年筆を1本。さぞ素敵だろうな」と思わされる。うっかりコレクターの道に踏み出してしまいそうで危ない。

インクといえば、ある自伝小説に「母が私を妊娠中、易者に "あんたのお腹にはインクがたっぷり溜まってる。お腹の子はきっと作家になるよ" と言われたそうだ」というような一節があった。ヤンデル先生にはじめてお会いした時、このフレーズを思い出した。そして、「あぁ、あの小説に出てきた易者が視たのは、このイメージなんだな」と思った。泉が湧くように、たくさんの言葉が、メッセージが、先生からあふれていた。こぼれ出ていくものを、私はすくい取りたいと思った。そうして、集めてできたものを見てみたい、と、強く想った。

この企画が決まった旅先で、現地の文房具店で限定販売されていた万年筆用のインクを買った。「メールでの文通」だから出番はないのだが、自分自身に向けた、ちょっとした決意表明として。このインクを片手に、先生の言葉をすくい取っていきたい。

ということで。文通しましょう、ヤンデル先生。よろしくお願いします。

2013/10/22
nishino
西野マドカ
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