四月、新入生歓迎のシーズン。北海道大学における学生の定番トークというのがある。新入生の約半分を占める道外出身者に対する、「先輩からのご当地ルール伝授」である。

電気ストーブは暖房能力が低いから買うだけ無駄だガスか灯油にしろ、信号の赤黄青が縦方向に並んでるのは雪が積もるからなんだぜ、窓は二重になってんだ面白ぇだろ。嬉々として先輩面を吹かせるのは、元から北海道に住んでいた人間よりもむしろつい数年前に北海道にやってきた「元・道外勢」。順応に成功した自らを誇りたい気持ちが働くのか。どんどん誇って欲しい。毎年、多くの内地人が、北海道をネタにしながらも好きになっていく。

一方で私は、北海道、特に札幌と東京の間にさほど距離を感じていない。新千歳・羽田間の飛行機便は朝7時前から夜9時まで実に三十分に二本のペースで間断なく飛んでいる。金は確かにかかるが実際の移動時間は思いの外短い。札幌から釧路あたりに行く方がよほど手間も時間もかかってしまう。札幌と東京なんて隣同士。半ば本気でそう思っている。

はじめて「東京」を意識したのは、大学1年生の夏だったか。関東で開催された剣道大会の帰り、都内の電車に乗って感じた「車両のかび臭さ」であったと思う。東京の電車はずいぶんとゴミみたいな体臭みたいな変な臭いがするなあ。ここは札幌とは違うんだ、やってくる人、留まる人、離れる人、多い、多い、汚い、臭い。北海道人の持つ無意識の劣等感と、東京に対する幼稚な反骨精神が、私の鼻孔に入る東京を貶めていた。食うものもまずい。音もうるさい。ただ、とにかく熱量がある……。

大学、大学院を出て東京で半年生活した後、札幌に帰ってきて就職した。地下鉄や自家用車は頻繁に使うものの電車を使う機会はなかなか無かったが、ある時久々に札幌の電車に乗った。そこで驚いた。長雨の続いた夏の終わり、列車は確かにかび臭かったのである。北海道にも近頃は梅雨が来る。「雪は多く冬は辛いが春から夏は快適」という札幌の印象がその時しずかに崩れ始めた。

そうか、札幌もかび臭いのか。
あるいは、まずく、うるさいのか。
じゃあ、熱量はどうだ。

近頃、人々の「熱量の北限」は仙台あたりで止まっている気がする。嗅神経がかびの臭いに順応するまでの短い間、私は北海道が未だに試されている大地なのか、あるいはもう試され終わっているのではないかと考えていた記憶がある。

2013/11/05
YandelJ
病理医ヤンデル